図書館は宝の山。まず自分がやりたい業界の専門誌を探して、業界の現状を調べよう
スモールビジネスにとって最も力強い味方が図書館です。
ビジネスを始める前に、ぜひ図書館に行ってみてください。まず、自分がアプローチしようとしている業界の専門誌を探し、業界の現状、今後の方向、メインの業者を見つけます。その際、必ずその業界の規模を把握してください。なぜか? 規模が大きければ大きいほど、パイも大きくなり、あなたの売り上げも大きくできる可能性があるからです。
次に、その業界の大手業者の連絡先を入手し、彼らに連絡をとってみましょう。それで直接に会いに行って、「おたくの商品を取り扱いたいのですが、私は資金力がないので、一つの商品に集中したいので、一番売れているものは何か教えてください」とずばり聞いてみることです。
相手も商品を売りたいので、いろいろな情報を意外に正直に教えてくれます。それで片っ端から会いに行って情報を集め、自分に一番あったものを選べばいいのです。私の多くのビジネスはこの方法で立ち上げ、かなりもうけることができました。
今はインターネットで手軽に必要な情報を手に入れられるようですが、メインの業者を見つけたり、バランスのとれた情報を収集したりするには、やはり業界誌の方が向いているので、まめに図書館にお出かけください。また、ぜひ大手業界の担当者に直接会いに行きましょう。大手のショールームには売れ筋商品が並べられているので、ショールームを見れば、何が売れ筋なのかがわかります。インターネットやカタログで調べていたのではわかりません。
ここで私が始めてアメリカに渡ってビジネスを始めたときのことをお話しましょう。
1976年4月10日の土曜日に日本を出発し、同日ロサンゼルスに到着した私は、ハリウッド地区に落ちつき、翌日さっそく街に出かけました。アメリカに着いたという興奮、憧れのアメリカにいるのだという感激、それを確かめに街に出かけたのです。アメリカで何をするのか、そのような具体的な計画は一切なく、10歳の時から来たかったアメリカに来れた、たったそれだけの感激で体中がほてっていました。
いよいよ日本出発前から夢見ていた「アメリカ、裸一貫からのスタート」を実現するスタートラインに近づいたのです。手持ち資金の500ドルは空港からダウンタウンへのタクシー代などで、すでに400ドルに減っていました。
とある交差点で信号待ちをしていたとき、一人の黒人の少年が話しかけてきました。バスに乗るからクォーター(25セントコイン)がほしいとのこと。ポケットからコイン入れを取り出し見せたところ、少年はその中から1枚を取り出しました。きっとそれがクォーターだったのでしょう。私が背を向け信号が変わるのを待っていたところ、先ほどの子供が再び他の人に同じことを話しかけ、クォーターをおねだりする声が聞こえてきました。
「いったいバス代はいくらなのかな?」と思って振りかえったところ、その子供は新聞の自動販売機のところに行き、コインを入れたかと思うと、中に入っていたすべての新聞を取り出しました。何をするのだろうと思い、道を渡らずにながめていたところ、彼はその新聞を道行く人に売り始めました。私はアッと叫んでしまいました。裸一貫からのビジネススタート! しかもこんな子供までが。私は急にうれしくなってそのままバーに飛び込み、ビールをイッキに飲み干しました。アメリカはやっぱりチャンスの国。アメリカ到着早々に私はその現場を見せてもらったのです。
その翌日。私はビジネススタートに必要な法的登録をすべて済まし、午後さっそく図書館に向かいました。昨日の体験で勇気づけられた私は、一晩中アメリカでのビジネス展開を考えていました。そこで考えたことは、どうやってアメリカでのビジネスのネタを探すか、また、どうやってビジネスを立ち上げていくか、ということでした。そこでひらめいたのが図書館の利用でした。ビジネスのネタを持っているのは誰か、その感覚で探し当てたのが商工会議所の住所録です。
住所録から最寄りの商工会議所の連絡先を手にした私は、その日からさっそく各商工会議所に電話し始めました。「日本のビジネスマンがアメリカから買いつけをしたいのだが、そのような売り手を探す手続きはどうしたらいいのか」と問い合わせたところ、どの会議所にもそのような機能がないことが判明しました。私は商工会議所の活用方法は後で考えることにしました。
一方、お金もうけをしたい人々向けの雑誌や起業家向けの雑誌も図書館で2、3つ発見しました。そこで気付いたことは、アメリカでお金もうけをしようと思ったら、お金もうけをしたい人々を相手にすることだという事実でした。雑誌に載っていた大半の広告がフランチャイズ募集や代理店販売広告で「もうけませんか!」のアプローチばかりだったのです。物は売らず、販売権利を販売する。これこそアメリカ的なやり方でした。私は興味を持った会社をすべて書き出し、さっそくそれぞれにコンタクトをとることにしました。
コンタクトをとるにあたって、まず自分の住まいの近くにあり、販売商品の選択肢を多く持ち、また原価や卸売り価格の価格構成や、どういう流通システムを使っているかなどを調べやすそうな会社にポイントを絞りました。毎日図書館に通って調べるうちに、広告している卸屋さんで私の家の近くにある会社を2つ見つけました。図書館がなかったら、そのような会社を探すだけでも相当時間がかかったはずです。
一つの会社は純然たる卸屋さんで、小売り店に卸すのが仕事でした。さっそく見本を買い集め、いくらで売ったらいいのかを聞き、売りに出かけました。この後、いろいろな業者から商品を買うことになりますが、原則的に、私は業者指定の値段で売ることにしました。なぜなら、私はアメリカに来たばかりで、物の値段や相場がわからなかったからです。
理屈では、価格は売り手と買い手の納得のいく価格になるということはわかっていても、生活習慣の中でアメリカの物価、価格感情を把握していないので、それを肌でつかめるようになるまで、言われた通りかそれ以下の値段で売ることにしました。
実のところ、お手頃値段を直感的に設定できるようになるまで、約2年近くかかってしまいました。このため、1976年、77年は、いろいろな人から売るように頼まれた商品をいくらで売っていいのかわからず、知り合いに「この商品はいくらだったら買いたいと思う?」と聞いて値段をつけるような、笑い話的な売り方をしょっちゅうしておりました。
もちろん、価格設定に関しては、中小企業庁やバンク・オブ・アメリカから出ているスモールビジネスハンドブックを入手して勉強しましたが、そのマニュアル通りにすると消費者の感じる価格とは大きく差が出てしまうのです。理由は簡単です。私が買っていたのは、輸入業者もいれば、ディストリビューター(販売代理店)もいれば、ジョバー(卸売りと小売りの間の中間業者)もいたこと。また、私の買い付け量が少ないため、どうしても高く買う破目になっていたからです。ある場合は高いと言われ、ある場合は安いと喜ばれる毎日でした。
この2年間を通じて、私は商品のお手ごろ価格とはいくらか、それぞれの商品に対して直感的に瞬時に判断できるように自分をトレーニングしました。
小売り価格が決定すれば、後はいくらで買いつけるかの問題になり、おのずからその商品を買うべきかどうかを判断できるようになります。この間、まめに図書館に通い、取り引き相手の発見とビジネスに関する知恵を手に入れ、実際の商品価格については、片っ端から見て歩きました。この時期、特に興味を持ってながめたのは、いったいいくらぐらいの価格差が売り上げに決定的な差をつけるのだろうか、という点でした。
のちに全米展開をするにあたって健康食品業界を徹底して調べることができたのも図書館のおかげでした。この業界の現状、ビジネスの売り上げ規模、メインの業者、業界の将来性に対するいろいろな見方や考え方、どのような会社が大きく広告しているのか、トレードショーのスケジュール、個々のショーの結果、ショーで取り扱っているテーマ、健康食品業界の接点にある食品業界の健康食品に対する反応、冷凍食品業界からの反応、それらの業界規模に比べた健康食品業界の規模、そして、健康食品業界の動きに対する医療ビジネス関係者の反応など。
私は図書館で見つけた数冊の業界誌の最新号やバックナンバーを調べることにより、未だ足を踏み込んだことのなかった業界の様子を詳しく知ることができたのです。ほかの人がやっていたように、コンサルタントに依頼していたならば、このような実際的な情報はほとんど手にすることができなかったはずです。1ドルのお金もかけず、必要な情報を確実に入手できる図書館は、本当に宝の山だと思います。
今はコンピュータやインターネットの発展により、一部の情報は図書館に出かけることなく入手できますが、情報の価値からすると図書館で入手できる情報よりもはるかに低い価値しかないような気がします。
金もうけは、しょせん座ったままではできません。まず足を動かすこと、目を動かすこと、耳を動かすことがあって、初めて頭も仕事ができるのです。待つビジネスではなく、前に出るビジネス、だからこそ道は開けます。その道を開く魔法の扉、それが図書館だというのが私の実感です。
|